年が明けてから、新学期(4月)を迎える前の3ヶ月は何かと忙しく、あっという間に感じてしまう。
それを 『1月は行く。2月は逃げる。3月は去る。』なんて言うのだと聞きました。
言い得て妙とはまさしくこの事だと思ってしまいます。
そんな最近、私の身の回りで大きな事が次々に起こりました。
1つ目は私自身の心の変化。
一週間ほど前の事、上の娘の保育園のお友達親子をお家にお招きしました
子供達が遊んでいるのを見つつ、お茶をして、色々なお話をさせてもらっている中で、私の気持ちを劇的に変える事があったのです。
私の娘達の通う保育園は市内でも1、2を争う人気の保育園。
駅近な上、出来て8年目ですので建物も綺麗。
0歳児は6人、1歳児は8人…と学年が上がるに連れて受入人数は増えますが、最大1学年に12人という少人数制。
そんな事情から、入園は激戦。当然、周りのお母さん方は皆フルタイムで仕事をしている方ばかりです。
上の娘は0歳時から通っていたこの保育園を3月に卒園し、4月から小学校&学童となります。
“学童は保育園程手厚くない。親の負担が各段に増える。”
そんな情報を聞いて、私だけでなく、園の周りの皆さんも、4月からの新生活が不安だと口にしております。
我が家に遊びに来てくれた上の娘のお友達も、もちろん4月から小学生です。
当然、学童に通うものだと思っておりました。
ところが、違ったのです
そのお母さんは入園当初はもちろん正社員で働いていたのですが、子供が3歳になると同時に時短勤務が認められなくなってしまう為、退社。今はパートなのだとか。
さらに驚いたのは、4月から子供を学童には入れず、仕事の方を減らすのだとか。
この話、私としては衝撃的だったのです。
読んでくださっている方の中には、別にそんなに驚く事じゃないでしょう~と思われる方も多いかと思います。
確かに、普通に考えたら“ありうる話”なのでしょう。
ただ、今まで私が接してきた保育園のお母さん方は皆さん仕事ありきでした。
子供の為に正社員をやめる、仕事を辞める。そうゆう選択肢があるのは理解していますし、「仕事続けられるか不安になりますよねー。」なんて会話はしょっちゅうです。ですが、その言葉も“仕事を続けない”の選択肢を選ぶ事はないのが前提。それが保育園のお母さん方でした。
私は保育園でははじめて、仕事の方を切っていくお母さんに出会いました。
子供が小学生になった時、家にいて「お帰りなさい」を言いたい。
本当は私の中にずっとずっとある気持ちなのです。
主人と結婚する前にもそれを主人に伝えた事があります。
主人は大賛成していましたっけ。
それがどうでしょう。やはり仕事を辞めたくない気持ちが膨れ上がってしまって。今に至っています。
仕事をしたい。それだけではありません。家計面も。仕事を辞めても良いような、“節約をする”という事が全く出来ていません
私が本当は望んでいたはずの道。それは子供との時間を増やす選択肢。
同じ保育園で同じように仕事という選択肢を選んでいくお母さんの中に過ごしていて。私は知らず知らず、自分の中の1つの選択肢を消してしまっていたのだと気付きました。
“仕事の方を減らす”という選択肢。あるのは分かっていましたし、言葉にもした事があるくせに、私は心のどこかで“絶対に選ばない選択肢”と決めつけていたのです。
周囲からも言われていた選択肢なのに。「分かってるよ」なんて答えているくせに、実は頭の中でバッサリ切り捨てていたのだと、気付きました。(自分勝手で失礼な奴ですよね。アドバイスをくれる方々に申し訳ない…)
今まで言葉では挙げつつも、無意識に切り捨てていた選択肢を、今、始めて真剣に考える事が出来ています。
4月はもうすぐ目の前。
学童の手続きも済んだ段階ではありますが、新しい選択肢が増えた今、生活を見直したいと、真剣に考えています。
仕事に関して、新たな考え方が芽生えた矢先、第2の大きな出来事がありました。
父が胃癌だと分かったのです。
まだ初期で、手術をすれば大丈夫だとは言われています。
それでも癌という病名は心にずっしりのしかかります。
私は父母の40歳の時の娘です。両親ももうかなりいい年。
子供が生まれ、私の娘達にとって両親は祖父母。
分かっていたつもりでした。
けれど、いつまで経っても私の中の両親は“お父さん”“お母さん”だったのです。もう若くはないのに、いつまでも“お父さん”“お母さん”なのです。
父の病気を知ってはじめて、あぁ、もうおじいちゃんおばあちゃんなんだなと、実感したのでした。
実は私、父との関係に関しましては、書き始めると長くなるような、幼い頃からちょっと変わった関わり方で育ちました。
まあ、“変わった”なんて書きましたが、世の中には色々なスタイルの家庭がありますので。別に自分を特別だと思っていません。
ただ、とにかく一緒に過ごした時間というものが短いので、父に何かあった時、自分はどんな気持ちになるんだろう?と考えた事があります。私はどのくらい悲しいのだろうと。
変な事を考えますよね。人としておかしいだろって自分自身で思います
でも、父の病名を聞いたら、思ったよりとても辛くて。自分が父に対して冷酷すぎる人間ではないかもしれないと。ちゃんと父の事を大切に思えているのかもしれないと、感じる事が出来ました。
家族の事で頭をいっぱいにしていた矢先、とどめのびっくりが!
主人の異動です。
もともと2月に大きな人事異動のある会社で、ここ数年異動がなかった主人は今年こそ異動になるだろうと予測はしておりました。
が、今回の異動はそんな予測のさらに上を行くものでした。
部が変わり、生活スタイルも大きく変わる異動です。とてもハードな職種に変わります。
ですが、大変な仕事にはなりますが、主人は入社面接時に“いつかはやってみたい”と語ったらしい目標に据えるべき仕事でもあります。
目標にしていたものの、入社して内情を知っていくと、ハード過ぎる為、気持ちが変わっていったそうです。
実は以前にもその部署へのオファーがあったにも関わらず、子供が小さいうちは…と断った事があるとか。
私は後からその断った話を聞いて怒りました。
「チャンスの女神は後ろ禿げなんだよ!去った後は掴めないんだから!もし、次に声がかかったら絶対断っちゃだめだよ!」と。言った内容もしっかり覚えています。
そして今回、再びそのチャンスがめぐってきたようです。
全力で主人におめでとう!と言いたいし、応援したい気持ちでいっぱいです。
ですが!さっそく「これからは家の事、出来なくなるから。」と宣言されると、ちょっと辛かったりも
今まで、食器の片付けや風呂掃除など、主人がやってくれていた事はけっこう色々あったなぁと。改めて考えました。
出来なくなる宣言は切ない!(>_<)
主人、朝3時4時に起き、家を出て。夜は10時過ぎに帰宅の日々になりそうです
子供達にもなかなか触れ合えなくなる事を嘆いておりました。
まぁ…仕方ないですよね。好きな仕事なのだから。頑張れ!って思います。
ずっと続くわけでなく、3~4年もすればまた異動はあるので。割り切って頑張りぬいて欲しいです。
ちなみに主人の就く職種、離婚率がハンパない!なんでも、奥さんに愛想を尽かされるんだとか
私も主人の会社の人々を知っているのですが(主人は私の勤めていた会社の取引先の人だったので)、確かに知っている同じ職種の方々、ほとんど離婚されてましたっけ(^-^;
まあ、うちは大丈夫だと思いますがね!
思うに、離婚率が高いのは、そんなハードな仕事になるくせに、給料はほとんど上がらないところにも原因があると思います割に合わないんですよー
これで、お給料がたくさん上がるよとかなら、妻からの苦情も減るでしょうに
負担だけ増してしまうなんて。困ったもんです
4月に向けて色々な事がどんどん変わっていく日々です。
良いことばかりじゃありませんが、これらの変化を、プラスへの転機としたいので!
前向きに元気に。過ごしていきたいと思います(*’▽’*)
特に楽しい話題でもないのに長い記事になりました
最後までお付き合いしてくださった方、ありがとうございますm(__)m