突然ですが。最近『あぁ自分、年を取ったなぁ』と感じた瞬間を列挙してみました
●ちょっとした傷がずっと治らない。治っても跡になる。
●パーマやカラーで痛んだ髪がパサついて本当にとことん戻らない。ばっさり切るしかなくなった(T-T)
●新宿や池袋をひとりでふらっと歩いていても、誰からも声がかからない。そもそも街中で勧誘のティッシュすら渡されない!!
●お酒が残る。ワイン一本で記憶が危うくなる事も。
●寝不足の朝、化粧のノリがおそろしく悪い!ファンデーションもう無理!(それでも塗るけれど)
●徹夜した日にゃもう死にそう。
●小さい子が無条件で可愛い。目を細めて見てしまう。
●頑張ってる姿なんか見たら号泣もの。涙腺は基本緩い。
●毎週月曜日、ジャンプでHUNTER×HUNTERを読む度に、かつて年上だったレオリオ(憧れの男性)の年齢が心を過る。出会った頃は年上だったレオリオはもうとっくに年下という事実が辛い。
●18禁の同人誌を買う事に全く躊躇いがなくなった。恥じらいよ、さようなら。
●というか、すでに自分でも18禁の二次創作小説を書いちゃってる。もう捨てるものはない。
わりと一般的と思われるあるある話から、婦女子(腐母)特有事情まで。
日常のちょっとした瞬間に感じた“あっ、年取った”でした。
たぶんこれ、20代の頃には感じなかった事がほとんどなんですよね。
皆さんはどうでしょうか?笑
そしてこのように、私も年とっちゃったなぁと思った時、やだやだ~なんて思うと同時に、思い出す事があります。
毎回ではありませんが。何回かに一回は必ず頭を過ることです。
何を思い出すかと申しますと、かつての、早く年を取りたくて仕方なかった頃の自分です。
あれは20代の前半でした。
若いってだけでちやほやされる事に浸りきっていた頃。
お話しするのも恥ずかしいのですが。私にもそんな時代がありました。
その当時、自分から見れば“おばちゃん”(あえてこの言葉を使わせてもらいます。今思えばそんなお年ではありません)にあたる年齢の方に、絶対に勝てないと悟った瞬間。
早く年を取りたい!そう思いました。
いったいどんな場所でそう思ったか……。まあ、それはご想像にお任せします。笑
話せば長くなりすぎるので。省略致しますが、とにかく、その年上女性と自分とで、会話の深さがまるで違うと感じる日々があったのです。
当時私は大学生で、頭でっかちでした。
知ってはいても(もちろん知らない事もたくさんありましたが)、ただ知っているだけなのです。
対して相手の女性は、もう社会人として働いてらっしゃる方。
たとえ同じ事を話していても、私の言葉達は実に薄っぺらくて、相手の心をまるで掴めていない。
けれども彼女が話すとまるで違ったのです。
その時の私はただ単純に、自分は若いからダメなのだと考えました。
あと7~8歳…は無理でも、4~5歳で良いから。年をとりたい!そうしたら私だって負けない。そう思っていました。
今思うと、あの時、私が欲していたのは“年”ではなく、“経験”だったのだと思います。
彼女の言葉の一つ一つが重く感じたのは、彼女がただ私より年を取っていただけでなく、私より多くを経験して、それに心を動かしてきたからだと思うのです。
そりぁもう、見た目は若い方が良いので。
昔の自分はよくもまあ、早く年を取りたいだなんて思ったものだと苦笑いしつつ、あの時欲しかったものを思い出します。
そしてその欲しかったもの、“年”を“経験”と置き換えると、月日を重ねてきた自分もまあ悪くないかなぁと思えるのです。
見た目はさておき~ですが。笑
『お金や財産は人に取られてしまうが、自分の頭に入った知識だけは、誰にも奪うことはできない』というユダヤ人の名言。
これ、私の大好きな言葉なのですが。私はこの“知識”の部分に、経験とそれに伴う感情も含めて考えています。
経験の中には良いものだけではなく、悪いもの、悲しいもの、色々ありますが。
全部ひっくるめて誰にも奪えないもの。
年を重ねてきた人は、それだけ沢山のものを持っている。
そんな風に考えていたいなと思っています。
年を重ねるという事を少しでもプラスに捉えられるような。そんな日々を過ごしたいなと思うのです。
実はこの記事、“経験”ついて、私なりの、持論のようなものもつらつら長~く書き綴っていました
ですが、読み返して思ったのです。
やっぱり経験について語るのは私には早いと。
あときっと20年くらいしないと、全く言葉に重みが出ないなと感じました
なので、どどーんと削除して、上記の部分だけ残した感じです。
まあ、上記部分だけでも十分、何を生意気な事を言ってるんだって思われてしまいそうな事を書いてますねすみません
いつか、その20年後くらいには、語れる自分になっていたいなと思います
実は今日から上の娘(新二年生)の新学期が始まりました
娘はクラス替えで一喜一憂、笑顔になっていたかと思ったら、最終的にはクラスの分かれてしまったお友達の事を思い、泣き出してしまいました。
クラス替えというのは、自分も何度も経験してきた事なので、娘の気持ちは痛い程よく分かります。
小学校の時なんて、クラスが私の世界の全てのような感覚でした。
クラス替えで仲良しのお友達と離れてしまうという事は、世界を揺るがす大事件なのです。
年を重ねる毎に、もっと世界は広いという事が分かってくると思いますが。今の娘にはまだ、難しいでしょう。
ひたすら、頑張れ~!と、思います。
涙する娘に寄り添う時、自分も同じだったと娘に話す時、経験してきた裏付けがあるから。より言葉に想いを込めて話せる気がする。
それだけでやはり、かつての経験とその時の気持ちに価値を見いだせるなと思えたのでした。
始まった新年度。私も娘も、今年はどんな経験をしていくのでしょうか。
その時々でたくさん心を動かして。“誰にも奪えないもの”を蓄積出来たら良いなと思います。